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神戸地方裁判所 昭和28年(行)22号 判決

原告 森隆一

被告 浅野村選挙管理委員会

一、主  文

被告が昭和二八年八月二六日附を以て、原告の被告に対する浅野村村長解職請求者署名簿の署名の効力に関する異議申立を却下した決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

「原告は兵庫県津名郡浅野村村長であるところ、同村住民中筋清三外一三名は昭和二八年七月一日原告に対する解職請求の代表者となり、同村の選挙権者総数一、四七二名の内、その三分の一なる法定数四九一名を超える六二三名の解職請求者の署名を収集した上、同月二五日その署名簿を被告に提出して審査を求めたので、被告は審査の結果六二三名の署名中六〇八名の署名を有効、一五名の署名を無効と決定し同年八月一一日より関係人の縦覧に供した。原告は同月一六日被告に対して被告が有効と決定した六〇八名の署名の効力について異議の申立をしたところ、被告は同月二六日その申立を正当でないと決定して右異議申立を却下した。しかし右署名簿の署名は次の事由によつて無効となるべき署名を包含しているから、被告が原告の異議申立をすべて正当でないと決定したのは誤りである。即ち、

(一)  地方自治法第八五条第一項、同法施行令第一一六条の二、第一〇八条第二項、公職選挙法第八九条、地方自治法施行令第一一八条、第一〇九条によると、国又は地方公共団体の公務員は在職中普通地方公共団体の長の解職請求代表者となることができないところ、本件請求代表者一四名の内、井戸勝一は浅野村会議員、織田一雄は浅野村農業委員会委員にそれぞれ在職している地方公務員であつて、いずれも請求代表者にはなることができない者であるから、同人らが請求代表者の一員として収集した本件署名簿の署名は法令の定める成規の手続によらない署名としてすべて無効である。

(二)  地方自治法施行令第一一六条、第九二条第二項第三項によると解職請求代表者が他の選挙権者に解職請求者の署名収集を委任したときは、直ちに受任者の氏名及び委任年月日を文書を以て当該普通地方公共団体の長及び受任者の属する市町村の選挙管理委員会に届け出なければならないところ、本件署名簿中の大半の署名は請求代表者が署名収集の委任をした選挙権者において収集したものであるにも拘らず、村長である原告に対してその受任者の氏名及び委任年月日を何ら届け出ていないから、該受任者らの収集した各署名は法令の定める成規の手続によらない署名としてすべて無効である。

(三)  地方自治法第八一条第一項に規定する解職請求者の署名はそれぞれ当該本人の自署でなければならないところ、本件署名簿の署名中別紙記載の二八二名の署名はいずれも各本人が自署したものではないから該署名は法令の定める成規の手続によらない署名としてすべて無効である。

以上のとおり本件署名簿には無効となるべき署名が多数あるにも拘らず、被告が違法な右署名を有効とした決定を維持して原告の異議申立を却下したことは明かに違法である。よつて被告に対し該却下決定の取消を求めるため本訴に及んだ。」と述べた(立証省略)。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

「原告主張事実中、その主張の別紙記載の署名がいずれも本人の自署でないこと、及び被告が有効と決定した六〇八名の署名が無効となるべき署名であるため被告が原告の異議申立を却下したのは違法であることを除き、その余の事実はすべて認める。しかしながら被告が有効と決定した右六〇八名の署名は次の理由により何ら無効となるべきものではないから、被告が原告の異議申立を却下したことは正当である。即ち、

(一)  本件請求代表者一四名の内、井戸勝一は浅野村議会議員、織田一雄は浅野村農業委員会委員にそれぞれ在職している者であるところ、普通地方公共団体の長の解職請求代表者となることができる者は、当該普通地方公共団体の住民にして選挙権を有している者であれば足ることは地方自治法第八一条第一項に規定しているところであり、同法中には他に何ら制限規定はないから、公務員と雖も解職請求代表者となることができることは明かである。もつとも地方自治法施行令第一一八条によると、地方自治法第八五条第一項の規定により普通地方公共団体の長の解職の投票に公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定を準用する場合においては、同法第八九条第一項本文中「公職の候補者」とあるのは「普通地方公共団体の長の解職請求代表者」と読み替えるものとし、更に右施行令第一一六条の二、第一〇九条によれば公職選挙法第八九条第一項但書は右解職の投票にこれを準用しない旨特に規定しているから、国又は地方公共団体のすべての公務員は在職中普通地方公共団体の長の解職請求代表者となることができないことにしているのは原告が主張するとおりである。しかしながら、地方自治法第八五条第一項は解職の投票について原則として公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定を準用する旨規定しているに止まり、解職の投票には何ら特別の関連を持たない解職請求代表者となることができる資格を、公職の候補者となることができる資格と同一に、制限しようとする趣旨は右規定からはいささかも窺うことができない。元来普通地方公共団体の長の解職請求の手続は、解職請求代表者が選挙権者総数の三分の一以上の解職請求者の連署を得て当該普通地方公共団体の選挙管理委員会に対し長の解職請求する手続と、その請求を受けた選挙管理委員会が長の解職について選挙人に賛否を問わしめるために行う解職の投票の手続に大別できるのであつて、前者の手続は地方自治法中に規定する他の直接請求である条例の制定及び監査の請求においてなされる手続と概ね同一であるから、地方自治法第八一条第二項により同法第七四条第四項、第七四条の二乃至第七四条の四を準用することによつて地方自治法自体の規定ですべて運用ができる構成をとつているのに反し、後者の手続は右条例の制定及び監査の請求にはこれに相当する手続がないため地方自治法中に準用すべき手続規定がなく、同じくこの手続を必要とする普通地方公共団体の議会の解散請求などとともにこの賛否投票に関する手続規定を地方自治法中におかなければならないところ、その手続は公職選挙法に定める普通地方公共団体の選挙に関する手続と概ね同一であるから、特に該手続規定を地方自治法中に規定することなく同法第八五条第一項において原則として公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定は第八一条第二項の解職の投票にこれを準用する旨を規定したわけである。そして公務員の立候補制限に関する公職選挙法第八九条の規定は右解職の投票に関する手続規定とは到底いえないから、地方自治法第八五条第一項により公職選挙法第八九条を準用する余地は全然ないといわなければならない。そうすると地方自治法施行令第一一八条は、同法第八五条第一項の解釈を誤り、右の準用があるものと考えた結果生じた無効の規定であるといはざるを得ない。しかして法の委任なくして施行令自体が解職請求代表者たり得る資格を制限することができないのは、施行令が政令である以上憲法第七三条第六号、内閣法第一一条の規定に照らして明かである。従つて解職請求代表者になることができる者は選挙権を有する者であれば足るのであつて、前記井戸及び織田がいずれも公務員であることは同人らが本件請求代表者となるについて何らの妨げとなるものではない。よつて同人らが請求代表者の一員として収集した本件署名簿の署名が有効であることは明かである。

(二)  本件署名簿中の署名が解職請求代表者が署名収集の委任をした選挙権者において収集したものであつて、原告に対してその受任者の氏名及び委任年月日を届け出ていないことは認めるけれども、地方自治法施行令第一一六条は同令第九二条第三項を準用するに当つては、同項中「当該普通地方公共団体の長」とあるのは「当該普通地方公共団体の選挙管理委員会」と読み替えるべきものとしているから、受任者及び委任年月日の右届出は本件に関する限り被告に対してなせば足るのであつて、被解職請求者たる原告に届け出なければならない根拠は全くない。従つて右受任者らの収集した本件署名簿中の各署名も有効であることは当然である。

(三)  原告が主張する別紙記載の二八二名の署名はすべて各本人がそれぞれ自署したもので有効な署名であるが、仮にそれらが自署でない署名であるとしても、現在においては既にすべて有効な署名として確定しているものである。即ち、署名の効力に関する異議申立は各個の署名についてなされなければならないところ、原告が被告に対してなした異議申立においては、被告が有効と決定した六〇八名の署名の中には自署でないと認められる署名が多数あるから該署名は無効であると主張したのみであつて、自署でないとする署名を何ら具体的に指摘してはいないから適法な異議申立とは謂い難く、結局右二八二名の署名に関しては何ら異議申立がなされなかつたものであり、法定の縦覧期間の経過とともにすべて有効な署名であることが確定されたわけである。しかも原告が右二八二名の署名を自署でない署名として具体的に指摘したのは、本訴提起後の昭和二八年一〇月一七日附準備書面(同年一一月六日の準備手続期日において陳述)を以てなしたのであるから、仮に該署名が前記のように異議申立期間の経過とともに有効であることが確定しなかつたとしても、訴訟上においてその無効を主張することは既に出訴期間を徒過しているために許されるべきものではない。従つて原告が右二八二名の署名を自署でない署名としてその無効を主張することは現在到底できないところである。

以上のとおりであるから、被告が有効と決定した本件署名簿中の六〇八名の署名は何ら無効となるべき署名ではない。従つて原告の異議申立を却下した被告の本件決定もまた適法であることは明かであるから原告の請求は当然棄却せらるべきである。」と述べた(立証省略)。

三、理  由

原告が兵庫県津名郡浅野村村長であつて、同村住民中筋清三外一三名が昭和二八年七月一日原告に対する解職請求の代表者となり、同村の選挙権者総数一、四七二名の内六二三名の解職請求者の署名を収集した上、同月二五日その署名簿を被告に提出して審査を求めたこと、被告が審査の結果右署名の内六〇八名の署名を有効、一五名の署名を無効と決定し同年八月一一日より関係人の縦覧に供したこと、及び原告が同月一六日被告に対して被告が有効と決定した右六〇八名の署名の効力について異議の申立をしたところ、被告が同月二六日その申立をすべて正当でないと決定して右異議申立を却下したことはいずれも当事者間に争がない。

原告は、地方自治法及び同法施行令によれば地方公共団体の公務員は在職中普通地方公共団体の長の解職請求代表者となれないところ、本件請求代表者の内井戸勝一及び織田一雄はいずれも地方公務員であるから、同人らが請求代表者として収集した本件署名簿の署名はすべて無効であると主張するので、先ずこの点について考えてみよう。普通地方公共団体の長の解職請求代表者(以下請求代表者という)となることができる者の資格について、地方自治法(以下単に法という)はその第八一条第一項において「選挙権を有する者は政令の定めるところによりその総数の三分の一以上の者の連署を以てその代表者から、普通地方公共団体の選挙管理委員会に対し当該普通地方公共団体の長の解職の請求をすることができる」旨規定し、右「選挙権を有する者」とは同条第二項、法第七四条第四項により普通地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する者にして選挙人名簿確定の日においてこれに記載された者であることは明かであるから、右要件を備えている者は何人でも請求代表者になることができるかのような観を呈している。しかしながら同法第八五条第一項によると、「政令で特別の定をするものを除く外、公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定は、(中略)第八一条第二項の規定による解職の投票にこれを準用する」旨規定して普通地方公共団体の長の解職の投票には原則として公職選挙法中の右規定を準用すべきものとし、同条項を承けた地方自治法施行令(以下単に令という)第一一六条の二によつて解職の投票に準用される令第一〇八条第二項によると、公職選挙法中の右規定を準用する場合においては、同法中公職の候補者に関する規定は解職請求代表者に関する規定とみなされており、更に令第一一八条によれば、法第八五条第一項の規定により公職選挙法第八九条第一項本文を準用する場合においては、その「公職の候補者」とあるのは「普通地方公共団体の長の解職請求代表者」と読み替えるものとされている。それだけではなく法第八五条第一項を承けた令第一一六条の二によつて解職の投票に準用される令第一〇九条によれば、普通地方公共団体の長の解職の投票には公職選挙法第八九条第一項但書はこれを準用しないことになつているから、請求代表者になることができる者の資格制限は、公職の候補者になることができる者のそれよりも強化されているわけである。従つて、国又は地方公共団体の公務員は、一般職なると特別職なるとを問わず、何らの例外もなくすべて在職中は普通地方公共団体の長の解職請求代表者となることができないことになるわけである。本件請求代表者一四名の内井戸勝一が浅野村議会議員、織田一雄が浅野村農業委員会委員にそれぞれ在職している者であることは当事者間に争がないところ、村議会議員は法第一七条、村農業委員会委員は農業委員会法第七条の各規定に照らしいずれも就任について公選によることを必要とする職であることは明かであるから、地方公務員法第三条第三項第一号に該当するところの特別職に属する地方公務員といわなければならない。従つて右井戸及び織田の両名は前記法令の規定により原告に対する解職請求の代表者となることができないことが明かである。

被告は、令第一一八条は法第八五条第一項を誤解した結果生じた規定であつて無効である旨主張するけれども、政令といえども法の委任がある限り権利を制限する規定を設けることができるのは内閣法第一一条に規定するところである。従つて、法第八五条第一項が公職選挙法第八九条の準用あることを前提としていないものであれば格別、しからざる限り、令第一一八条など一連の施行令の規定は当然有効とすべきものである。ところで解職の請求においては、曾つては住民の投票により普通地方公共団体の長に選挙され現にその職に在る被解職請求者と、その解職を期待して運動する請求代表者とが当初より相対立し、その相対立する様相、型態は、公選による公職に就任する目的を以て立候補した者が互に相対立するそれに酷似しているものといわなければならない。そうだとすると、請求代表者が選挙管理委員会に対し長の解職請求をすることは、公職者の選挙において或る者が立候補することに相当するものと認めることができる。そして公務員が在職のまま公選による公職の候補者となることは、その職務の特殊性と選挙の公正確保の目的から考えて甚だ妥当でないため、公職選挙法第八九条は多少の例外を認めつつ、公務員は在職中公職の候補者となることができない旨を規定しているわけであつて、その点からすれば公務員が請求代表者となることもまた甚だ妥当でないわけである。この見地に立つ限り、法第八五条第一項の「政令で特別の定をするものを除く外、公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定は、(中略)第八一条第二項の規定による解職の投票にこれを準用する」旨の規定は、公職選挙法第八九条の準用あることを前提としているのはもちろん、右「解職の投票」とは、解職請求代表者証明書交付申請(令第一一六条及び第九一条参照)に始まる一連の手続を指称するものと解するを相当とする。法第八五条第一項が右のように公職選挙法第八九条を準用することを前提として規定されている以上、令第一一八条が右第八九条を読み替えて準用し、公務員は在職中請求代表者となることができないことにしているのは当然である。被告の前記主張は採用することができない。右の次第であるから、選挙管理委員会としては、請求代表者となろうとする者が請求代表者証明書の交付を申請してきた場合においては、令第一一六条、第九一条第二項に則りその者が選挙人名簿に記載された者であるか否かを確認すると共に、公務員であるか否かについても審査をなし、もし公務員であるときは右代表者証明書を交付することなくその申請を却下すべきものであると解すべく、又、偶々申請者が公務員であることを看過して該証明書を交付したとしても、そのことによつて該公務員が請求代表者になることができる資格を取得するわけではないから、その者が請求代表者としてなした行為は違法であること勿論である。

はたしてそうだとすると、本件請求代表者一四名の内、前記井戸勝一及び織田一雄は法律上当初から請求代表者となることができない者であるところ、請求代表者が多数人ある場合におけるその行為は、代表者全員の意思の合致に基ずく一箇の合同行為であると解すべきであるから、本件署名簿中の全署名が、右両名を含む請求代表者において自ら又は他の選挙権者に委任して収集した署名であることが明かな以上、該署名はすべて請求代表者の資格がない者が収集したものであり、従つて法令の定める成規の手続によらない署名として全部無効であるといわなければならない。そうすると、被告が右署名簿を審査した結果内六〇八名の署名を有効と決定したことは違法であり、更にその決定を維持して原告の該署名に関する異議申立を正当でないと却下した昭和二八年八月二六日附の決定も違法であることは明かであるから、該決定はこの点において既に取消を免れることができない。よつて原告の請求を理由ありとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 古川静夫 中島孝信 坂上弘)

(別紙目録省略)

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